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いきのこり●ぼくら

今日出会った音楽は、青葉市子さんの『いきのこり●ぼくら』。

どういった経緯でこの曲を知ったかというと、SoundCloudでこの音源を加工して、 自作曲としてアップしているユーザーを見つけた事がきっかけだった。

初めてそれを聴いた時、妙に音程が高く、テンポもぶれているように感じその事に違和感を感じ、 ピッチを上げるような加工でもしてるのかなと思って、それなら元の曲はどんなだろう? と思い、タイトルで検索をかけてみたらたまたま元の曲である『いきのこり●ぼくら』 というタイトルを発見する事ができた。

ギターとボーカルのシンプルな曲ながらも素敵な曲。 そよ風のような歌声が魅力的だ。

これまでの振り返り

何をやってもグズでしょうもない自分は、がむしゃらに物事に取り組む事ができなくなっていた。 そういった経緯から自分は引き寄せの法則をはじめとした自己啓発に興味を持つようになった。 願望実現といえば自己啓発の定番のテーマだけれど、実際のところ自己啓発に関心を持つ人の多くは 願望実現そのものよりも、自分の心をどうにかしたいという意識が強いのではないかと思う。 さておき、引き寄せの法則を実践していく中で、どことなくこれは仏教やその他の宗教で語られている事と似ているなぁと思いながら、その時できる最善をつくして実践と読書を行っていた。

それから、引き寄せの法則について取り組む内、願望実現そのものに対する欲は次第に薄れていった。 それを実現して心から安心できるのだろうか? それを得られなければ、永遠に欠乏感を抱えて生きなければいけないのだろうか? そもそも、変わらない現実とのギャップにストレスを感じてしまうし、これは何かがおかしいと感じるようになった。何よりも書籍に書かれている事のパラドックスに意識が向かうようになった。

それから一時期、瞑想や座禅に関心を持つようになり、完全に現実逃避的な思考から体外離脱に 取り組んで、おかしな幻覚や体験をした。瞑想によって、心を鎮めるというより、 瞑想によって、変なビジョンを見たり不思議体験をしたいという意識がその時は強かった。 でも、それも次第に興味が薄れていった。自然と体外離脱やビジョンを見るために、何時間も 意味もなく横になったり、瞑想をする事が馬鹿らしくなってしまったのだ。

そして、内観に取り組むようになる。内観に取り組む過程で、スピリチュアルな ワークショップやヒーリングにも何度か足を運んだ。同じような分野で取り組んでいる 他者と繋がりたいと考えた事も動機の一つだった。そこでは様々な出会いがあった。 知り合った方の取り組む姿を見る事で自分自身の学びにもなったし、純粋に他者との交流が楽しかった。もちろん、楽しい事ばかりではなかったけれど。ちなみに、その手の界隈では相手を不安や恐怖に陥れて依存させるよう仕向ける人間も多々いるという事だけれども、自分の場合はむしろ逆で依存的な関係性を戒める方との出会いが多かった。

それから数年内観に取り組みつつ、世間的な願望実現よりも、自己探求・内面の観察に関心が向かうようになった。まだその時点では新たな知識や内観に取り組む方々のコミュニティを求めていたように思うが、段々とそういったコミュニティに関わる事、内観に取り組む他の方と新たに交流する事への興味は薄れていった。自己探求とは極めて個人的な取り組みだ。他者との交流ではなく、自分自身との深い交流が必要な事に思う。師匠という程ではないけれど、私が信頼する人の言葉を受け止める度に何故かその想いが強くなっていったように思う。 そうこうするうちに段々と、内観や自己探求・スピリチュアル関連の方々の発言や行動に違和感を感じるようになり、一挙種一頭に苛立ちを感じる事を自覚するようになった。そこには様々な思考があった。嫉妬であったり、軽蔑であったり、自分には理解できないという疎外感であったり色々思うところがあった。様々な感情とともに他者のあり方を見て、最終的にはその人にとっての真実はそうなのかもしれないと思うようになった。ただ、それは自分が求めるものではないと思い至った。

まだ心から安心できる日はやってこない。

自分を支えてくれると考えていた地面がなくなって、底なしの穴に落下を続けているような絶望的な感覚の中で日々を生きている。知識や物や、人間関係は尊い。けれど、自分自身の平穏とはなんら関係がないのだ。その事を自覚してホッとする自分を自覚する事ができる。 とにかく、自分は自分自身の真実を突き止めたい。とはいえ、真実ってなぁに? というような状態ではあるけれど。

私は。

私はみじめだ。私は無能だ。私は日本人だ。私は長男だ。私はエンジニアだけど、アルバイターだ。 私はフルート奏者だ。私は自称作曲家だ。私は口下手だ。私は人付き合いが苦手だ。私は怖がりだ。私は面倒くさがりやだ。私は短気だ。私は自分の事を哀れに思うのだ。

自分の人生は自分でどうにかしなければならないのだ。自分の人生を他者のせいにはしたくないのだ。 他人のせいではないのだ。親のせいでもないのだ。国のせいでもないのだ。ただ、自分が選んできた結果がここにあるのだ。

良い事であれ悪い事であれ、嘘はつけないのだ。どれだけ良い人になろうと思っても、自分の悪い部分を隠そうとしても、現実は自分の弱さとか愚かさを臆面もなく突きつけてくるのだ。月並みな言葉だけど、現実は己の心を映し出す鏡なのだ。私は綺麗な世界だけ見ていたいのだ、こんな世界と自分を認めたくはないのだ。 それでも、ここには否定しきれない何かが沢山あるのだ。

素直に言って、今の自分は幸せではないのだ。良い年こいた大人が、こんな事を表明する事には抵抗があるのだ。でも、苦しくて私はどうしたら良いのか途方に暮れているのだ。自己啓発や宗教、オカルト、だけでなく趣味や人間関係に於いても救いはないのだ。ドラッグもお酒も一時的に感覚を麻痺させるだけで、すぐに日常に戻らなければならないのだ。一時的な気休めを得るために、その後に苦しい思いをするのは正直割に合わないのだ。そんな事は、本当に死にたくなった時の景気付け位の気休めの効果しかないのだ。 「あたなに救いを与えましょう」と言ってくる人にホイホイついていってろくな目にあった人の話を聞かないのだ。掴まれる物があるならつかまりたいのだ。縋れるものがあるのならすがりたいのだ。 でも、そんなものどこにもないのだ。

ネットを見ていると、幸せそうな人のブログや発言にイラついたり、傷ついたりするのだ。そんな人と自分の立場を比較して、「自分はなんてみじめなのだろう」と思って死にたくなる事が多々あるのだ。 でも、そういう人の一連の発言や投稿の中に綻びを見てしまうのだ。悲しいのだ。本当に大事で愛しい事の毎日なら、ネットに気を散らしながらやっている場合ではないのだ。自分の生活が幸せである事を敢えてアピールする必要すらないのだ。そんなの自分みたいな暇人がやる事なのだ。

また一週間頑張りましょうね。みんな。自分。

ロシア旅行の写真・その6

ロシア旅行2016

モスクワ旅行して一番衝撃を受けたのが、救世主キリスト大聖堂です。
内部は写真撮影禁止なので外側の写真しかありませんが、尖塔の内側の高い天井に描かれた宗教画がとても美しく、荘厳な雰囲気に浸りました。

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ロシア旅行の写真・その5

ロシア旅行2016

今回はノヴォディヴィチ修道院の写真を上げていきます。

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ノヴォディヴィチ修道院の周辺は綿が舞っていました。不思議な光景です。

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ノヴォディヴィチ修道院は比較的静かな場所なので、ゆっくり気分転換するのに良い場所だと思います。

ロシア旅行の写真・その4

ロシア旅行2016

聖ワシリー寺院の内部へ

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街並み

市内は路面電車が走っています。

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心なしか空が近いように感じましたw

ロシア旅行の写真・その3

ロシア旅行2016

今回は、クレムリンの写真を上げていきます。

 

クレムリンの周囲は公園のようになっていて、ゆっくり散歩するのも良さそうです。

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日本の缶ジュースの自動販売機が設置されていました。

値段は100ルーブルなので、日本の倍くらいの値段感です。

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クレムリンの外壁は周囲2kmにも及び、高さも相当なものがあります。

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クレムリンの内部へと続く道です。

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ここからはクレムリン内部の写真です。

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歩道は石畳になっています。

日本の街中ではあまり見かけない質感というか材質で新鮮です。

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庭園は日本と違った方向性で整えられていて、新鮮で見ていて楽しかったです。

建物の色使いが空との対比で見てみると、とても鮮やかです。それと、尖塔は日本では見かけませんが、実物を間近で見てみると写真や映像で見ているよりも高く感じます。

ロシア旅行の写真・その2

ロシア旅行2016

今回は赤の広場の周りの建物の写真を上げていきます。

 

ヴァスクレセンスキー門

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赤と屋根の白さが鮮やかな建物(歴史博物館?)

 

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聖ワシリー寺院

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レーニン廟

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レーニンの遺体が安置されており、一般人が間近で見る事ができる。
遺体の保存状態は良く、まるで眠っているかのようでした。

 

 

ロシア旅行の写真・その1

ロシア旅行2016
6月12日から6月16日にかけて、ロシアのモスクワを観光してきました。
その際に撮った写真を何回かに分けて投稿してみたいと思います。
 

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行きの機内から撮った空

 

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シェレメチボ空港からモスクワ市街に向かう途中の電車で撮った風景(ボロいw)

 

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ホテル近所の広場前にある劇場とおぼしき建物

 

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サワークリーム入りのサリャンカ(酸味のある野菜スープ)と、黒パン

 

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ロシアの猫

 

今回は写真はこのくらいで、簡単なメモ的な事も書いておきます。

出発当日は12時成田発のアエロフロートの便に乗り、現地時間の16時半頃(日本時間で22時半頃)到着しました。帰りは6月16日の19時に現地を出発して日本には17日の10時半頃に到着しました。
行きも帰りもフライトはおよそ10時間でしたが、帰りの便の方が若干到着が早かったです。
さすがに長時間のフライトは疲れます。それと、ロシア到着当日はもろに時差ボケにやられて眠れませんでした。疲れているのに眠れないのは辛いですね(^^;
 
・両替
レートは日本国内よりもロシア現地の方が良いです。
出発直前に国内で両替した際は約1ルーブル2.5円でしたが、現地では約1ルーブル2.1円でした。
10,000円を両替するとプラマイ600〜700ルーブル位の差になるので、日本国内では予備として
最低限両替しておいて、あとは現地で両替した方が良いと思います。
 
ちなみに、モスクワ市街はドルとユーロに対応している両替所は多いのですが、
日本円に対応しているところは少ないです。なので、現地で使うお金はあらかじめドルか
ユーロで用意しておいた方が融通が利きそうです。
 
・トイレ
ロシアの話題で必ず目にするトピックとして、トイレ事情の悪さ(トイレが少ない、座れないほど汚いなど)がありますが、
少なくとも、ここ最近のモスクワは改善されているようでした。美術館や主要な観光スポットにはトイレがありますし、
それ以外にも仮設トイレ(ただし有料)が至るところに設置されているので、よっぽどお腹の具合が悪くない限りは困らないと思います。
 
ただ、トイレットペーパーは硬いので(昔のちり紙のような材質がスタンダードみたいです)、
その点が気になる方はトイレットペーパーを持参した方が良いかもしれません。
 
 
その他に日本との違いを感じた事はこんな感じです。
 
・コンビニがない
その代わりにキオスクのような売店が至るところにあります。
 
・本屋に漫画が置いてない
本の家という書店に行きましたが、漫画は置いてありませんでした。
 
・地下鉄のエスカレーターが長い
高所恐怖症の方には辛いかもしれませんw
 
・地下鉄の運転が荒い
手すりに掴まっていないと倒れるような具合です。
 
・水道水は飲めないのでミネラルウォーター必須
 
・信号のない横断歩道が多い
複数車線あるような場所でそこそこ車の流れが速い場所は渡るのに勇気がいります。
まずは現地人を手本にすると良いと思います。
 
・道路の反対側に渡りたくても渡れないような場所が多々ある<br />
現地の人が迷っている光景も目撃しました。
 
・初夏でも最低気温が10℃前後まで冷え込む日がある<br />
基本は半袖で大丈夫なのですが、時折冷え込む事もあるので羽織れるものを念のため持参しておくと良いです。
あるいは現地で購入するのもありかもしれません。
 
・日差しが強い
サングラスや日焼け止めなど日差し対策があると良いです。

思考を止める。思考が消える事の意味。

自己観察

瞑想や坐禅、内観を通して思考が止む事がある、思考が消える瞬間があると言う人がいます。 ですが、消えるのは思考そのものではないと、坐禅をしていて感じました。

波は穏やかになる事もありますが、荒々しく大きく動く事もあり、波そのものが完全に消える事はありません。 風がやんで穏やかな天候の時でさえ、常に波は海面に表れます。

思考もまた海の波のようなものだと思います。 思考も、その大きさ強さは変われども、止む事はありません。 失われていくのは、思考ではなくコントロールしたいという欲求と、思考と自分を同一視する意識のようです。

波が嫌だからといって、「波よおさまれ!」「海よ干からびろ!」と言ったところで、それは消えません。 目の前に立ちはだかる大きな山脈が邪魔だからといって、その山が消えてくれるわけではありません。 それは思考も同様で、その事に気付いたらとても愉快になって笑いが止まらなくなりました。

思考は消えません。思考をコントロールしようとする欲求がなくなるだけです。