「感謝しましょう」の罠

スピリチュアルな探求を始めてから、嫌という程言われてきた「感謝しましょう」という言葉。細かいニュアンスはさておき、似たような事を言われて腑に落ちない経験をしてきた方もいるかもしれません。私の場合は、自然に湧かない状態でそれを自分に強いてみても強烈な苦痛しか感じませんでした。あまりにもその反応が大きかったものだから、「感謝云々ぬかす奴は頭の中がお花畑状態なのではないか?」とさえ考えていました(笑)

ただ、最近は「感謝」はするものではなく、ある状態の表われとして出てくる結果のようなものだと最近感じ取るようになりました。だから、自然に感謝の念が湧かない場合は、それを無理強いする必要はないと考えるようになり以前のように「感謝すべき」という強迫観念は薄れました。

ちなみに、「感謝する」事が苦痛に感じる時はガラリと発想を変えて、それを地雷探知機として使ってみると新たな発見があるのかもしれないなと思いました。感謝する事に対して、激しい抵抗感や違和感が湧き上がってくる事も多いので、そういった反応を拾って内観を進めてみると少しは楽になるかなと思いました。