私は。

私はみじめだ。私は無能だ。私は日本人だ。私は長男だ。私はエンジニアだけど、アルバイターだ。 私はフルート奏者だ。私は自称作曲家だ。私は口下手だ。私は人付き合いが苦手だ。私は怖がりだ。私は面倒くさがりやだ。私は短気だ。私は自分の事を哀れに思うのだ。

自分の人生は自分でどうにかしなければならないのだ。自分の人生を他者のせいにはしたくないのだ。 他人のせいではないのだ。親のせいでもないのだ。国のせいでもないのだ。ただ、自分が選んできた結果がここにあるのだ。

良い事であれ悪い事であれ、嘘はつけないのだ。どれだけ良い人になろうと思っても、自分の悪い部分を隠そうとしても、現実は自分の弱さとか愚かさを臆面もなく突きつけてくるのだ。月並みな言葉だけど、現実は己の心を映し出す鏡なのだ。私は綺麗な世界だけ見ていたいのだ、こんな世界と自分を認めたくはないのだ。 それでも、ここには否定しきれない何かが沢山あるのだ。

素直に言って、今の自分は幸せではないのだ。良い年こいた大人が、こんな事を表明する事には抵抗があるのだ。でも、苦しくて私はどうしたら良いのか途方に暮れているのだ。自己啓発や宗教、オカルト、だけでなく趣味や人間関係に於いても救いはないのだ。ドラッグもお酒も一時的に感覚を麻痺させるだけで、すぐに日常に戻らなければならないのだ。一時的な気休めを得るために、その後に苦しい思いをするのは正直割に合わないのだ。そんな事は、本当に死にたくなった時の景気付け位の気休めの効果しかないのだ。 「あたなに救いを与えましょう」と言ってくる人にホイホイついていってろくな目にあった人の話を聞かないのだ。掴まれる物があるならつかまりたいのだ。縋れるものがあるのならすがりたいのだ。 でも、そんなものどこにもないのだ。

ネットを見ていると、幸せそうな人のブログや発言にイラついたり、傷ついたりするのだ。そんな人と自分の立場を比較して、「自分はなんてみじめなのだろう」と思って死にたくなる事が多々あるのだ。 でも、そういう人の一連の発言や投稿の中に綻びを見てしまうのだ。悲しいのだ。本当に大事で愛しい事の毎日なら、ネットに気を散らしながらやっている場合ではないのだ。自分の生活が幸せである事を敢えてアピールする必要すらないのだ。そんなの自分みたいな暇人がやる事なのだ。

また一週間頑張りましょうね。みんな。自分。