思考を止める

思考が止まったと感じたその時でさえ、思考は止まっていない。 言語化する行為をしていないだけで、思考の活動は止まっていない。 言語化する事だけが思考する事ではなく、非言語でも常に思考が働いている。 言語のおしゃべりを止めてみても、いまだ多くの思考が発生するのである。 思考というより、意識という感じかな。まぁ、どちらにしろ「私が行為を成している」 という主体性のようなものは常にあると思う。

思考が止まったと感じるような体験があると、探求者やスピリチュアル? の一部の方はその事を嬉々として語りたがるけれど、実際のところ 自我が大喜びする体験など自我や思考に都合の良いイメージでしかない。

自我が喜ぶ『思考が止まった』体験というのは、実際に思考が止まっている というよりも、自我の定義した『思考が止まった時のイメージ』に合致した状況を 指しているのであって、思考が止まっているわけじゃないという事。

思考には勝手に思考させておけば良いんです。