誰が思考しているのか?

書籍や他者の話を通してこの話題について知識を得る機会は多々あったが、最近は自分自身で確認する事を実践している。 実際に思考を観察していて、「私が考える、私が思考する」という感覚が若干薄れてきた。

思考というのは自分が考えているわけではなく、これまでの人生経験で意識的に(あるいは無意識的に) 得てきた体験や知識を元にして勝手に浮かんでくるものという風に感じる。 思考や概念考えそのものの中で思考や感情の動きが起きているように見える。

感情的な反応も思考も全て自分が能動的に起こしているのではなく、 それそのものがその中で勝手に反応を起こしていて、自分はそれを単に見ているだけ。

自分の中に起こる一つ一つの思考や反応をつぶさに捉えていくと、 それは自分自身の意志とは関係なしに起きている事が理解できる。 思考をコントロールしようとすると、思考はリアルさを増していくように思う。 コントロールしようとしなければ、どうだろう。

風が吹いてるだけだ。

私は思考していないし、思考の持ち主ですらない。 ただ、目立つ人を街中で見かけたときに、目が相手に釘付けになっているようなものだ。